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生命への問いかけ

2003年人間の全ゲノムが解析され、現在は「ポスト・ゲノム時代」と言われています。IP細胞やES細胞の研究の最前線もゲノム研究の手法を取り入れることによって、大きく進歩してきました。科学者の生命観も一つの共通の視点に修練しつつあるように思われます。
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「生命」について、一番最初にあるイメージを与えてくれたのは、量子力学の創設者の一人物理学者シュレディンガーの「生命とはなにか」(1944)という古典的名著でした。
宇宙はエントロピー増大に向かっている。しかし、生命はその流れに逆らって「負のエントロピー」を生み出している。そう彼は述べます。エントロピーの増大とはミルクとコーヒーが混ざり合ってミルクコーヒーになるようなことです。しかしミルクコーヒーが時間経過と共にミルクとコーヒーに別れることは決してありません。そのあり得ないことを起こしているのが生命だというのです。
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イリア・ブリゴジン/I.スタンジェール共著の「混沌からの秩序」(1984年)はシュレディンガーが提出した生命観をさらに具体的にしてくれました。イリア・ブリゴジンは1977年にノーベル賞を受賞した化学者・物理学者です。受賞した業績は「非平衡開放系における定常的な構造=散逸構造」の研究でした。
ベルナール対流という現象が流体科学の世界では昔から知られていました。容器の下から均等に熱を加えられたパラフィンのような液体に、熱による対流によってハチの巣のようなパターンが生じます。このパターンは下から熱が加わり、表面から放熱している限り消えることがないのです。こういった現象は決して珍しくありません。エントロピーが増大するエネルギーの勾配に、局所的にエントロピーが減少するシステムがあらわれる。それが生命なのです。
同じ意味で地球というシステムも非平衡開放系の中の散逸構造です。太陽から降り注ぐエネルギーが地球という局所的なシステムにおいて、散逸構造的なパターンを生みだし、ふたたび赤外線に運ばれる熱として、宇宙に放出されてゆく。そのシステムの中にさまざまな生命の食物連鎖をはじめとする生態的関係が姿をあらわします。
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「動的平衡」(2009)は分子生物学者、福岡伸一氏のエッセイ集です。分子生物学の発達の歴史を重て生命観の現在を紹介したベスト・セラー「生物と無生物のあいだ」に比べると、若干散漫な印象がありますが、「動的平衡」という言葉に惹かれてこちらの本を選びました。(物理学業界では「動的平衡」とはいわず、「非平衡開放系における定常状態」といいます。科学でも業界が違うと言葉が違うようです。)
人間はある時間一人の人間であるが、それを構成している物質はとどまることがない。物質的存在としての「私」には何ら一体性はなく、そこにあるのはパターンだけである、という認識がそれぞれのエッセイの中に最新の分子生物学的知見として記されています。

こういった生命観は科学という方法論が達した認識です。でも、たとえば仏教における「縁起」の概念との類似性を感じざるを得ません。
「縁起」とは、「実態」は何もない。あるのは諸要素の関係性(縁起)だけであり、関係性を構成する諸要素も「縁起」で成り立っている。したがって究極のありようとうは「空」であるという考えです(あるいは「究極」をもとめてもそれは無駄である)
また、鴨長明の「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。」という直感は非常に正しい認識であったと思います。(S)

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